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2009 04,05 |
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小ネタのつもりで書き始めたら3000字を超えてしまったのでhtmlにしてしまおうかと思うのですが、ちょっとまだ(まったく)見直しをしていないので……手直しをするまでは雑記に置いておきますーっ
もしもよろしければ、お時間のあります際にご覧になってやってください。読みにくかったら申し訳ありません…… (下のリンクをクリックいただきますと開きます) 木の桶を湯で満たすと、外から触れただけでも温かな感触が伝わってくる。それが冷めてしまうより前に手ぬぐいを濡らしてしまいたかった。 やや濁っている透明の水面に両手の指をさし入れると、じんわりとした熱が皮膚を包みこむ。どうやら随分と冷えきっていたようだ。 己では気がつかなかった。 そう、ぼんやりと思考を巡らす曽良の横から、何やら物音がする。 「…………らくん……曽良くん」 呼び声もする。 「曽良くん!」 その声量がひときわ大きくなって、曽良はようやく自らの隣に首を向けた。 「……なにか?」 「何かじゃないよ、ぼんやりとしちゃって! せっかく私が『ふいい〜。あっついお湯ってホント、浴びるだけでも生き返るよねぇー』とか話しかけてあげてたってのにィ」 「そうですね。繰り返さなくてもいいですけど」 「どうせ聞いちゃーいなかったんだろ!」 曽良の横で芭蕉は憤りながらも、全体を濡らした手ぬぐいをギュウギュウと絞っている。 「で、なにか?」 「やっぱり聞いてなかった!」 「聞いてませんでした」 「やっぱりまったく悪びれない! うぅ……ああもう、曽良くん。私、先に浸かりに行っちゃうからねッ」 ねじくれた手ぬぐいを握る手で、芭蕉は湯船のある方角を示した。 曽良は言葉を返さなかった。曽良から見ると芭蕉の姿よりも更に向こう側、遠いところに広がる熱い水面を、黙したままじっと見つめている。 やがてその視線は、手ぬぐいを広げにかかった芭蕉の方へと移動した。しかし芭蕉はそれに気付かない。曽良は自分を相手にしなかろうと諦めてしまったのか、下を向いて広げた手ぬぐいを今度は畳み直している。 ふたりの視線はどちらとも、暫し動かぬままであった。 しかし湯に浸かる準備を終えてしまうと、先んじて芭蕉が顔を上げる。 「よいしょっ」 その勢いで真っ直ぐに立ち上がっても見せた。 「あ……た、立ち眩み」 芭蕉の脚がふらふらと踊る。踊りながらも体を回して、くるりと横を向く。 なにかと不安定なそのさまを、曽良は彼の右隣からなおも見つめ続けていた。 様々なものが曽良の視界を支配する。 骨のかたちが目立つ、決して逞しくはない背中。それなりに歩いているだけのことはあって、筋肉のついていないでもない脚。生えるすね毛は茶色をしている。細く柔らかな彼の毛は、しっかりと見なければほとんど目立たない。 後ろ姿は、ゆっくりと離れていく。 その身体が湯船へ浸かっていく光景を、曽良は内心に思い浮かべた。 何故であろうか、なかなかはっきりとは浮かんでこなかった。 しかし迷う間もなく無理もないのだと理解する。旅の道中、こうした入浴の機会はそうそう多々あるわけでもない。その上に。 その上に、曽良はいつでも芭蕉の先を歩んできたものだ。湯殿においても例外ではない。滅多なことでは、芭蕉の背など見送らない。 (……なぜ) 離れて行こうとする芭蕉の姿を視界におさめたまま、改めて首を傾げる。 なぜ。 芭蕉の身体は曽良よりも小さい。湯のうちに浸かって腰を降ろしてしまえば、なおのこと小さい。 首より下を曽良からは見えない世界へ沈めて、心地良さそうな表情を浮かべた後に彼は、きっとこちらに視線を向けてくるのだろう。自分から先へ行くのだと言って、ひとりで歩いたくせをして、どこか不安げに問うのだろう。こちらへ来ないのかと。 けれども湯船は線をひとつ超えた場所にあるのだ。芭蕉がその線を越えて行ったように、曽良もまたその線を越えて行かなければそこに至ることは叶わない。 ただ、至ったとしても。辿り着いた先に未だ彼が在るのかは解らない。 戻ってくるのかどうかも、解らない。 曽良はいつでも芭蕉の先を歩んできたものだ。遠くに振り向く小さな影を追って走ったことはない。 遠くに振り向く小さな影を、追って走ることのないように。 滅多なことでは、芭蕉の背など見送らない。 ひとつ前を行ってしまえば、越えるべき線を先んじて越えれば、彼が必ず追いすがってくるのだということを曽良はよく知っている。 ふと気がつくと、曽良は左腕を伸ばしていた。のろのろと歩み始めた芭蕉の背に向けて、真っ直ぐに伸ばしていた。芭蕉の右掌には手ぬぐいが握られている。釣り糸のように垂らされた布の端へ、曽良の指先が届いた。 掴むや否や、ぐいと引き寄せる。 「あうっ」 芭蕉の全身がぐらりと後ろ側へ揺れた。かかとに体重をかけたまま、体勢を崩して仰向けに倒れていく。 「わ、わわッ…………わ?」 しかし、その身が湯殿の床へ打ち付けられることはなかった。 したたかに後頭部を痛めるであろうと本能で覚悟をしていた芭蕉は、体勢の崩れた直後から両眼をかたく瞑っていた。しかし思っていたような衝撃や鈍痛は訪れない。 その代わり、なにか温かく柔らかな壁が、頼りどころなど無かったはずの後ろ半身に重なっている。首や背中に伝わってくるもの。素っ気のないようにも感じられながら、どこかしっかりとした温もり。 体温。 「……そそ、そ、曽良くん?」 いつの間にやら立ち上がっていた曽良の両腕が、芭蕉の背後から全身を支えていた。 「そが多すぎますね」 「じゃ……じゃなくて! あ、ありがとう?」 「どういたしまして」 「で、でもない! コラ! 君がやっただろ、またやっただろ、転ばせただろっ!?」 「突風か何かじゃないですか」 「ウソつけ! そんなもん絶対に吹いてないッ」 「でも、それしか考えられないじゃないですか」 「またそんなジョーダンで返すなよぅ! ほんとに転んでたら私、アタマうって俳句も詠めなくっ……う!?」 喚く芭蕉の大声は、そこで途切れてかたまった。 その身体を両側から支える曽良の両腕が、離れていく、どころではなく逆に接触を深めてくるのだ。すっぽりと包み込まれて、背後から抱かれるような体勢に陥る。 「……な、ナニコレ? タイタニック、ごっこ?」 「転ばなかったでしょう」 「聞けよ! こっ、転んでたら泣いてたよっ……もう大泣きだよ!」 「転ばなかったでしょう。芭蕉さん」 「ね、おい、ちょっと、曽良くんってば。なんでいきなり手ぬぐい、掴ん……」 「湯船へは僕が先に行きますね。芭蕉さん」 「聞けっての! そんなことのために君……!」 そのようなこと、を平然と口へ出すくせに、曽良の両腕はいつまで経っても緩まる気配を見せない。 芭蕉の全身をがっちりと捕えて、前にも後ろにもどこにも逃さぬままである。 「……そらくん。こそばゆいよ」 「春風か何かじゃないですか」 「ウソ、つけ……そんなもん、絶対に吹いてないってば」 「でも、それしか考えられません」 動けずにいるその肉のない右肩に、また新たな体温が重ねられた。曽良がその顔を埋めてきたのだと、頬にあたる黒髪を感じて芭蕉はどうにか理解する。 何もかもを唐突に行ってみせる曽良が、いったいどのような意図を抱いているのであろうか、芭蕉にはもうさっぱりと読めぬままであった。 「気のせいですよ。芭蕉さん」 そのために、されるがまま。 湯殿のあたたかな湯気に囲まれ、曽良はこの自らで作り上げてしまった状況を甘受していた。 こうしておけば、芭蕉が先んじて線を越えて行くようなことはない。それならばそれで良かろうと思った。そうでなくとも。 そうでなくとも、彼にいざなわれてこの旅を始めた瞬間からそうしているように、前を歩めばいいのだ。彼には常に背中を見せて、追いすがる姿を時折に振り返って確かめるのがよい。 腕の中にて身を竦める芭蕉の体温は、先刻に触れた湯よりも熱い。自分はそんなにも冷えきっていたのかと、曽良はまたもやぼんやりと思考を巡らせた。 ○パンがないならお菓子を食べればいい ○面白い部活がなかったら自分で作ればいい ○女の子がホスト部に入部するのなら男装すればいい ○保証人がいないのなら日本人っぽい名前の弟子に頼めばいい ○置いていかれるのが嫌だったら先に歩けばいいけどあなたのことを置いてはいかない ← New! PR |
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